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ジョバンニ、らっこのうわぎがくるよ。
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からからからから。
スポークが単調な音を立ててから回る。

目の前のアスファルトを踏みつける薄汚れたスニーカーから顔を上げると、
薄闇の中に鮮やかに浮かび上がる白いシャツが視界に入った。

じいいいいい。
間延びした虫の音がぶつりと途切れる。
足を止めて歩みの遅い自分を振り返る阿部。
視線が合うと同時に再び自転車を引いて歩き出す無言の背中に、
ああ、残された時間は少ないのだと執行猶予を祈った。


どこもかしこも片付けられた広い部屋の真ん中に所在無く座り込む。
『飲み物持ってくるからテキトーに座っとけ』と云われて残されたまま
落ち着かなくてきょろきょろと部屋を見回す。

始めて訪れる阿部の部屋。
薄いベージュのラグマットとデスクとベッドと、
雑誌やら本やらが詰め込まれているカラーボックス。
じり、と膝だけでにじり寄ってみると
スポーツ雑誌やら野球の理論の本などが
ずらりと並んでいるのが見て取れた。
うわ、凄い。
さすが阿部君。

スポーツ障害、リハビリテーション、テーピン…グ?
見慣れない単語から視線を落とすと
一番下の段にアルバムらしき黒い背表紙が並んでいるのが目に入った。

い、いいか、な。
阿部君が戻ってくる前に戻せばいいよね、と
心の中で言い訳をしてそれを取り出す。
ズシリと重いそれを床に置いたまま分厚い表紙をぱくりと開く。

フィルムの奥の、古びたロッカーが立ち並ぶプレハブ。
部屋の隅に立てかけられた数本のバット、色あせたベンチ、
床に置かれたダンボールの『MIZUNO』のロゴ。

これ、どこかのクラブハウス…?
次の写真をめくってようやく理解出来た。
どうやらシニア時代の写真を集めてあるアルバムらしく、
次のページには合宿所と思しき部屋の畳の上で
先輩らしいアンダー姿の人にふざけて圧し掛かられて
もがいている阿倍の姿があった。
『ちょ、見てないで助けて下さいよ!』
周りで笑い転げるチームメイトにそう訴える彼の声まで聞こえるようだ。
思わず自分も苦笑しながらページを捲る。
そこには今よりも幼さを残した阿部が無愛想に
何枚もの写真に写りこんでいた。
何枚も、何枚も。

自分の知る阿部よりも少し髪の短い彼。
オレの知らない、阿部君。


そういえばあまり写真に写るのは好きじゃなかったな。
写真苦手なの、昔からだった、んだ。
くすりと笑いながら次のページを開けていく。
でも、これ… 何?
ちり、と奇妙な感覚を感じながら最後のページを開いた瞬間
ひらりと一葉の写真が零れ落ちた。

…え。

綴じられてなかったのかと拾い上げた瞬間、その手が止まった。

先ほどの合宿所の大部屋。
雑誌を読み耽っていた所を呼びかけられた瞬間を撮られたのであろう、
胡坐をかいた膝元から顔を上げた阿部が呆けた表情でこちらを見ている。

いつか聴いたあの否応なしに全てを自身に引き付けるような声が
頭に響く。
あの、たった一度だけ聞いた不遜なまでに力強い声が。


『 - タカヤ!』


この一枚で全てが分かった。
この写真を撮った人が誰かも、
このアルバムに感じていた違和感の正体も。

なんでこんなことばっか分かっちゃうんだろう。

オレ、莫迦なの、に。


「三橋」
突然呼びかけられて体ごと飛び上がる。
咄嗟にアルバムを背後に隠していた。
この、ただ一枚として榛名の写っていないアルバムを。

「ああ、それ見てたの」
ぎこちなく振り返った視線の先で阿部が
二つのグラスを載せたトレーを抱えていた。
「ご、ごめ」
「あ?なにがだよ。
 別にいいよ、そんくらい見てたって」
気まずさに視線を逸らす横で阿部がローテーブルにグラスを移す。
その涼しげな音に惹かれるように見遣ると、
少し下から片膝をついて座り込む彼の静かな表情が見えた。

「それ、そんなとこにあったんだな。
 とっくにもうなくなったと思ったのに」
身を乗り出すようにして三橋の背に手を伸ばし、
隠しきれていなかった一枚の写真を取り上げる。

「そ、れ」
掠れた声に、阿部がやや上目遣いにこちらを見やる。
「もしかしてあの人が撮った、の」
声が震える。
心音が、痛い。
阿部は、自分とは対照的にどこまでも落ち着き払っていた。
「あー」
そう答える阿部の左手が写真を持つ手に添えられる。
力を込められるかと思ったそれは、だが予期した音を立てることなく
ぺらりと写真を投げ出した。

はらりと宙を舞う写真。
放り出された印画紙が頼りなく下へ流れてテーブルの上に舞い降りる。

表が、上。

消されかけた過去が、ガラスの上で上を向いて
精一杯の自己主張を叫んでいた。

阿部の根底に確かに残る、刻み付けられた過去。
俯いた視界が、ラグのベージュに染まる。


「…おま、」
「オレ、は!」
彼から何も言わせたくなくて、
自分の手で始めて全ての責任を負いたくて。
三橋は俯いたまま今まで喉元で押し潰されていた名を口にした。

「オ、レは榛名さんじゃ、ない」
「…」
「オレは榛名さんじゃないよ、阿部君」
阿部は黙って三橋を見つめていた。

- なぜ、気が付かなかったのだろう。
時折左手のグローブでなく素手の右手に飛んでくる返球の意味に。
そんな時、違和感に18.44メートル先を見遣ると彼はいつも複雑な表情で
こちらを見つめていた。
あれはオレに謝っていたのか - それとも。

阿部の過去と榛名を繋ぐ写真を見てようやく思い出した。
ベスト8を賭けた県大の試合、傲慢とも思える表情で
阿部に見せ付けるために投げられた速球は、
その左手から放たれていた。

自分には見えていなかっただけで、
自分の傍にいながらも彼の背には常に榛名の姿があった。
今に至るまでそれに気付かず
球速も自覚も何一つ榛名に及ばないくせに彼に甘えて、
また過ちを犯してエースの座にしがみ付いて煩わせて
花井の気まで逆撫でして。
彼が、いや、二人が云った通り阿部はそうでなかった榛名の代わりに
リード通りに投げる自分を選んだだけなのに。

それ以上の理由を求めるのはオレの思い上がりなの、阿部君?


「お前、オレと榛名の話がしたかったのか」
じっと俯いたままの三橋を見つめていた阿部が
不思議そうに言葉を投げかけてくる。

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