ジョバンニ、らっこのうわぎがくるよ。
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あああ、スタイルが安定しないなあ。
とりあえずゲラという形でこっちに試しUPしてみます。
阿部が酷い人に…。
*の前までは決定稿でいいかなあと思うんですが。
- 『タカヤ!』
彼を呼んだその力強い声を、まだはっきり覚えている。
どうして、気が付かなかったのだろう。
あの瞳の、眼差しの、微かに伏せられたもの云いたげな表情の意味に。
同じように伏せた視線の先で
薄汚れたスニーカーが単調なリズムでアスファルトを噛み締めている。
からからと空回るスポークの音がひたりと止まった。
顔を上げると数メートル先で阿部が立ち止まって自分を振り返っていた。
慌てて自転車をぐいと引くと同時に阿部が再び前を向いて歩き出す。
から、と再びスポークが鳴く。
前を歩き続ける無言の背中に、残された時間の少なさを悟った。
*
「荷物、そこらへんに適当に置け。
飲みもん持ってくるから」
放り出すのではなく、だがどこか無造作にどさりとエナメルを床に置いて
阿部はすぐ下に降りていった。
始めて訪れる、阿部の部屋。
三橋は荷物を脇に降ろして
ぺたりとフローリングの上に正座で座り込んでいた。
広いだけの自分の部屋とは違い、整然と物が収納されて
収まるべきところに収まっているという印象だ。
几帳面な彼の性格を現すような部屋の隅の白いカラーボックス。
雑誌や本が納められているらしいその一番下は
アルバムらしき黒い背表紙が並んでいた。
アルバムらしき黒い背表紙が並んでいた。
手を伸ばして取り出してみると、ずしりとした重量が手前に傾いてきて
思わず手を引っ込めるとばたりと音を立てて床に倒れた。
あ。
どき、と心音が跳ね上がる。
恐らくどこかの合宿所なのだろう、
古びた畳の上で中学生と思しき見知らぬ男と
今よりも少し髪の短い姿の阿部が
下らなそうに笑いながら半分ムキになって取っ組みあっている。
今よりも少し髪の短い姿の阿部が
下らなそうに笑いながら半分ムキになって取っ組みあっている。
お腹を抱えて笑い倒して囃し立てているチームメイト。
オレの知らない、阿部君。
勝手に見てはいけないと思いつつも手が勝手にページをめくっていた。
ぺらり、ぺらり。
目の前で4つづつの光景が展開されるページをめくっていると
最後のページに一枚の写真が取り残されたように
見開き2ページの中に収納されることなく挟まれていた。
見開き2ページの中に収納されることなく挟まれていた。
畳に胡坐で座り込んでいる阿部。
膝に雑誌を抱え、こちらに向かって思い切り間の抜けた顔を上げている。
おそらく雑誌に夢中になっている最中に呼びかけられて
顔を上げた瞬間を撮られたのだろう。
何事か咄嗟には理解出来ずに呆けているその表情に、
何の脈絡もなくあの人を思い出した。
これ…、あの人が撮った、んだ。
確証はないが本能で悟る。
あの誰よりも誇り高い投手の、
心底おかしがって甲高く笑う声までが聞こえる気がした。
心底おかしがって甲高く笑う声までが聞こえる気がした。
「あ、何。
それ見てたの」
がちゃ、とドアが開いて
ペットボトルとグラスを載せたトレーを抱えた阿部が入ってくる。
ペットボトルとグラスを載せたトレーを抱えた阿部が入ってくる。
「わ、ご、ごめ」
ばたん。
反射的にアルバムを閉じると、再びどさりという重量のある音がした。
「いいよ、別に。
そんなとこにあったんだなそれ、もうどっか行ったと思ってたのに」
トレーを脇に置き、どこか懐かしそうな顔をして阿部は三橋の向かいに座った。
す、と阿部の指先が先ほどのページを開く。
ぺらりと一枚だけの写真を取り出し、阿部は暫くそれを見つめて
穏やかな、だがどこか抑えたような声で呟いた。
「これ、あいつが撮ったんだ。
シニアの合宿ん時だった」
「…」
阿部は自分から彼の話題を振った。
「榛名、さん」
確かめるようにその名を口にする。
色々と思うところがあるだろうに自分からその話を許してくれた阿部の
真摯な情誼に応えたかった。
「…」
黙り込む阿部。
三橋もまた跳ね上がる心音の苦しさに俯いて何も云えずにいた。
「さっきの」
びく、と弾かれたように顔を上げる。
「聞いた、よな」
見つめてくる阿部。
「…、」
逡巡した後、ぎこちなく頭を縦に振った。
「ひでぇ奴って思っただろ。
失望したか」
何の感情も読み取れない表情と、声。
三橋は心の奥が鈍く痛むのを感じながら首を横に振った。
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