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はい、それではいよいよサンプルを取り上げて
各部分について簡単に解説を加えていきます。
『- 『タカヤ!』
彼を呼んだその力強い声を、まだはっきり覚えている。』
オレはこういう2・3行の出だしで
小説自体やシークエンスを始めるのが好きです。
某友人に『北川哲子手法』とネーミングして戴きました(笑)
ですが好きすぎてワンパターンになってしまうので
決定稿では文章の途中、三橋が写真を見ているシーンに移動。
『どうして、気が付かなかったのだろう。
あの瞳の、眼差しの、微かに伏せられたもの云いたげな表情の意味に。』
これも途中まで上の出だしと一緒に移動していました。
だけど表現が女々しすぎるかな、やりすぎかなと思い泣く泣く削除。
『同じように伏せた視線の先で
薄汚れたスニーカーが単調なリズムでアスファルトを噛み締めている。
からからと空回るスポークの音がひたりと止まった。
顔を上げると数メートル先で阿部が立ち止まって自分を振り返っていた。
慌てて自転車をぐいと引くと同時に阿部が再び前を向いて歩き出す。
から、と再びスポークが鳴く。
前を歩き続ける無言の背中に、残された時間の少なさを悟った。』
ここはあまり変わっていませんね。
じいいい、と夏の夜の虫の声を入れてみました。
あの虫の声が響いている生暖かい夜の雰囲気が好きなので。
最後の一行の表現に悩みました。
『「荷物、そこらへんに適当に置け。
飲みもん持ってくるから」
放り出すのではなく、だがどこか無造作にどさりとエナメルを床に置いて
阿部はすぐ下に降りていった。』
始めて訪れる、阿部の部屋。
三橋は荷物を脇に降ろして
ぺたりとフローリングの上に正座で座り込んでいた。
広いだけの自分の部屋とは違い、整然と物が収納されて
収まるべきところに収まっているという印象だ。
几帳面な彼の性格を現すような部屋の隅の白いカラーボックス。
雑誌や本が納められているらしいその一番下は
アルバムらしき黒い背表紙が並んでいた。
手を伸ばして取り出してみると、ずしりとした重量が手前に傾いてきて
思わず手を引っ込めるとばたりと音を立てて床に倒れた。』
部屋の描写が足りない、
でも増やしても重ったるくなるだけだし…。
難しい。
『あ。
どき、と心音が跳ね上がる。
恐らくどこかの合宿所なのだろう、
古びた畳の上で中学生と思しき見知らぬ男と
今よりも少し髪の短い姿の阿部が
下らなそうに笑いながら半分ムキになって取っ組みあっている。
お腹を抱えて笑い倒して囃し立てているチームメイト。
オレの知らない、阿部君。
勝手に見てはいけないと思いつつも手が勝手にページをめくっていた。
ぺらり、ぺらり。
目の前で4つづつの光景が展開されるページをめくっていると
最後のページに一枚の写真が取り残されたように
見開き2ページの中に収納されることなく挟まれていた。
畳に胡坐で座り込んでいる阿部。
膝に雑誌を抱え、こちらに向かって思い切り間の抜けた
顔を上げている。
おそらく雑誌に夢中になっている最中に呼びかけられて
顔を上げた瞬間を撮られたのだろう。
何事か咄嗟には理解出来ずに呆けているその表情に、
何の脈絡もなくあの人を思い出した。
これ…、あの人が撮った、んだ。
確証はないが本能で悟る。
あの誰よりも誇り高い投手の、
心底おかしがって甲高く笑う声までが聞こえる気がした。』
これはオレの実体験から、スキー学校での思い出を。
こうして、自分にとって大切な個人的な記憶を使うこともあります。
この写真はすぐになくしてしまいましたが、
今ならもっと大事にしてやれる気がします。
三橋の、撮った人への気付き方があっさりしすぎているので
決定稿ではもう少し重みを持たせています。
でも榛名の名を三橋から云わせるというのは
こだわったので変わっていません。
『「あ、何。
それ見てたの」
がちゃ、とドアが開いて
ペットボトルとグラスを載せたトレーを抱えた阿部が入ってくる。
「わ、ご、ごめ」
ばたん。
反射的にアルバムを閉じると、再びどさりという重量のある音がした。
「いいよ、別に。
そんなとこにあったんだなそれ、もうどっか行ったと思ってたのに」
トレーを脇に置き、どこか懐かしそうな顔をして
阿部は三橋の向かいに座った。
す、と阿部の指先が先ほどのページを開く。
ぺらりと一枚だけの写真を取り出し、阿部は暫くそれを見つめて
穏やかな、だがどこか抑えたような声で呟いた。
「これ、あいつが撮ったんだ。
シニアの合宿ん時だった」
「…」
阿部は自分から彼の話題を振った。
「榛名、さん」
確かめるようにその名を口にする。
色々と思うところがあるだろうに自分からその話を許してくれた阿部の
真摯な情誼に応えたかった。
「…」
黙り込む阿部。
三橋もまた跳ね上がる心音の苦しさに俯いて何も云えずにいた。』
描写に全然重みがない…!
ぺらい!
ぺらいよオレ!
阿部にどこまで榛名のことを言及させるかで悩みました。
言及多 → 三橋に対して誠実、責任感強い
言及少 → 榛名との過去を重く表現出来る
このさじ加減で凄く悩んだ記憶があります。
『「さっきの」
びく、と弾かれたように顔を上げる。
「聞いた、よな」
見つめてくる阿部。
「…、」
逡巡した後、ぎこちなく頭を縦に振った。
「ひでぇ奴って思っただろ。
失望したか」
何の感情も読み取れない表情と、声。
三橋は心の奥が鈍く痛むのを感じながら首を横に振った。』
ここ、決定稿では『お前、オレと榛名の話がしたかったのか』という
言葉が入っていますが、これは映画『ベイブ』の
『その話がしたいの?』という科白を使っています。
その話題が子供にとって残酷な話だったので
それに関して正面からすっとこう訊いた科白が凄く印象に残ってて…。
洋画が大好きなので
こうして洋画の科白をヒントにしていることも多いです。
タイトルにしたりとかもしてるし。
阿部の自嘲が自虐的過ぎて彼らしくないと思い、決定稿ではもっと
つんつんさせています。
ですが結局彼にしてはしおらしくなり過ぎたかなと反省中。
大体こんな感じなのですが、如何でしたでしょうか。
もっとここについて訊きたいとかありましたら
サンプルに挙げた部分以外でも聞いてやって下さいませ。
また、自分はこうだよーと教えて下さる方も大歓迎です!
では、お目汚し失礼致しました!
えーっと。
『おお振り』SNSの
『ものづくりについて語り合おうチャット』(だったっけ)に参加したとき
文章のメイキングを見たい、という意見に触れて
すっごくびっくりしました。
メイキングってイラストレーションとかコミックスだけかと思ってたんで…。
その後も熱意のあるコメントを寄せて戴いたり
望んで下さる方も多かったのちょっとだけやってみようと思います。
皆様の参考になるのかどうか…
お声をお聞かせ願えればと思います。
とりあえず前二つの記事にサンプルを載せましたので
そちらを参照しながらご覧戴ければと思います。
逐一の説明の前に、まずは全体の流れを。
1 まず描きたいネタを思い浮かぶ。
それに関連して洗いものや移動の間最中などぼうっとしている時に
云わせたい科白・描きたいシーンなどが思い浮かぶ。
これを個人的に「ハイライトシーン」と呼んでいる。
因みに『18.44』では
* シークエンス3の花井が三橋を追い詰めるシーン
* ボールをロッカーにぶつけて花井に警告する阿部
* 阿部の部屋での阿部と三橋の話し合いのシーン
がハイライトシーンでした。
2 そこから派生して、あれもこれもと
詰め込みたい科白ややりたいことなどの要素が
てんこ盛りに思いつく。
3 ここからが北川の一番のこだわり。
ひたすら引き算。
2で思いついたことを全て詰め込むと本当にただの
「素人がお遊びで書いた文章」で終わってしまうので
そこからやりすぎな要素をひたすら引いて引いて引きまくって
「作品」の意気に昇華させる。
ひたすら理性と欲求を闘わせる。
原作寄りに、原作のキャラが取りうる範囲内に言動を収める。
突飛な設定、言動はさせないように、
リアリティを失わないように気を付ける。
これに留意しなかったらただの自己満足。
この容量でハイライトシーンは比較的細かく、あとはかなり緩く
最初から最後までプロットを立てる。
これは比較的流動的であり参考程度。
4 実際に書き始める。
最初から順を追って書く。
そのときの『降り具合』や気分で文書が全く異なる。
北川は究極の気分屋のため、執筆に向かない気分のときは
一行たりとも書けない。
ひたすら書ける気分になるのを待つ。
読者様を抱える身になった現在の自分にはそぐわない描き方であり
ただただ申し訳なく思うのみである。
5 執筆中の留意点一覧
* 細かい表記、改行、漢字・ひらがなの別など
見栄えにも気を配る。
* 文節、文章、科白のリズム
読者の方が読みやすいように頭の中で読み上げ
読みやすさを確認しながら書く。
* WORDのページの変わり目がパラグラフの終わりになるように
だが行間の余韻を出すために、
サイトにUPする文章はWORDでの決定稿とは異なった
改行量であることが殆ど。
WORDとサイトでは同じ改行量でも印象が異なるため。
6 * 書いていて一番楽しいこと
5のような細かいところに神経を使うこと
* 書いていて一番キツいこと
陳腐な表現しか思い浮かばず
表現したい凄みをちっとも表せないこと
イメージを具体的な言葉に落とし込む作業が難しい。
7 ラストはぼんやりとしか決まっていないので
書きながら思いつくことが殆ど。
6の作業中は『最後どうなるんだこれ』と思いながら
書いていることが多いが実際に指を動かして書いていると
ラストに差し掛かったところで自然と指に降りてくることが多い。
8 初稿が完成した後は校正、誤字脱字修正、推敲の嵐。
北川の未熟さ、不束さからこの作業量が多いのも
我が息子たちの特徴。
「降りて」来た時は全くこの工程を必要としないが
気分が執筆に向いていないときに書いたものほど
この作業量は多くなる。
この作業もとても楽しい。
細かい調整でオレ好みにしていくのが好きなようです。
という流れです。
では次はいよいよサンプルを細かく取り上げていきます。
スポークが単調な音を立ててから回る。
目の前のアスファルトを踏みつける薄汚れたスニーカーから顔を上げると、
薄闇の中に鮮やかに浮かび上がる白いシャツが視界に入った。
じいいいいい。
間延びした虫の音がぶつりと途切れる。
足を止めて歩みの遅い自分を振り返る阿部。
視線が合うと同時に再び自転車を引いて歩き出す無言の背中に、
ああ、残された時間は少ないのだと執行猶予を祈った。
どこもかしこも片付けられた広い部屋の真ん中に所在無く座り込む。
『飲み物持ってくるからテキトーに座っとけ』と云われて残されたまま
落ち着かなくてきょろきょろと部屋を見回す。
始めて訪れる阿部の部屋。
薄いベージュのラグマットとデスクとベッドと、
雑誌やら本やらが詰め込まれているカラーボックス。
じり、と膝だけでにじり寄ってみると
スポーツ雑誌やら野球の理論の本などが
ずらりと並んでいるのが見て取れた。
うわ、凄い。
さすが阿部君。
スポーツ障害、リハビリテーション、テーピン…グ?
見慣れない単語から視線を落とすと
一番下の段にアルバムらしき黒い背表紙が並んでいるのが目に入った。
い、いいか、な。
阿部君が戻ってくる前に戻せばいいよね、と
心の中で言い訳をしてそれを取り出す。
ズシリと重いそれを床に置いたまま分厚い表紙をぱくりと開く。
フィルムの奥の、古びたロッカーが立ち並ぶプレハブ。
部屋の隅に立てかけられた数本のバット、色あせたベンチ、
床に置かれたダンボールの『MIZUNO』のロゴ。
これ、どこかのクラブハウス…?
次の写真をめくってようやく理解出来た。
どうやらシニア時代の写真を集めてあるアルバムらしく、
次のページには合宿所と思しき部屋の畳の上で
先輩らしいアンダー姿の人にふざけて圧し掛かられて
もがいている阿倍の姿があった。
『ちょ、見てないで助けて下さいよ!』
周りで笑い転げるチームメイトにそう訴える彼の声まで聞こえるようだ。
思わず自分も苦笑しながらページを捲る。
そこには今よりも幼さを残した阿部が無愛想に
何枚もの写真に写りこんでいた。
何枚も、何枚も。
自分の知る阿部よりも少し髪の短い彼。
オレの知らない、阿部君。
そういえばあまり写真に写るのは好きじゃなかったな。
写真苦手なの、昔からだった、んだ。
くすりと笑いながら次のページを開けていく。
でも、これ… 何?
ちり、と奇妙な感覚を感じながら最後のページを開いた瞬間
ひらりと一葉の写真が零れ落ちた。
…え。
綴じられてなかったのかと拾い上げた瞬間、その手が止まった。
先ほどの合宿所の大部屋。
雑誌を読み耽っていた所を呼びかけられた瞬間を撮られたのであろう、
胡坐をかいた膝元から顔を上げた阿部が呆けた表情でこちらを見ている。
いつか聴いたあの否応なしに全てを自身に引き付けるような声が
頭に響く。
あの、たった一度だけ聞いた不遜なまでに力強い声が。
『 - タカヤ!』
この一枚で全てが分かった。
この写真を撮った人が誰かも、
このアルバムに感じていた違和感の正体も。
なんでこんなことばっか分かっちゃうんだろう。
オレ、莫迦なの、に。
「三橋」
突然呼びかけられて体ごと飛び上がる。
咄嗟にアルバムを背後に隠していた。
この、ただ一枚として榛名の写っていないアルバムを。
「ああ、それ見てたの」
ぎこちなく振り返った視線の先で阿部が
二つのグラスを載せたトレーを抱えていた。
「ご、ごめ」
「あ?なにがだよ。
別にいいよ、そんくらい見てたって」
気まずさに視線を逸らす横で阿部がローテーブルにグラスを移す。
その涼しげな音に惹かれるように見遣ると、
少し下から片膝をついて座り込む彼の静かな表情が見えた。
「それ、そんなとこにあったんだな。
とっくにもうなくなったと思ったのに」
身を乗り出すようにして三橋の背に手を伸ばし、
隠しきれていなかった一枚の写真を取り上げる。
「そ、れ」
掠れた声に、阿部がやや上目遣いにこちらを見やる。
「もしかしてあの人が撮った、の」
声が震える。
心音が、痛い。
阿部は、自分とは対照的にどこまでも落ち着き払っていた。
「あー」
そう答える阿部の左手が写真を持つ手に添えられる。
力を込められるかと思ったそれは、だが予期した音を立てることなく
ぺらりと写真を投げ出した。
はらりと宙を舞う写真。
放り出された印画紙が頼りなく下へ流れてテーブルの上に舞い降りる。
表が、上。
消されかけた過去が、ガラスの上で上を向いて
精一杯の自己主張を叫んでいた。
阿部の根底に確かに残る、刻み付けられた過去。
俯いた視界が、ラグのベージュに染まる。
「…おま、」
「オレ、は!」
彼から何も言わせたくなくて、
自分の手で始めて全ての責任を負いたくて。
三橋は俯いたまま今まで喉元で押し潰されていた名を口にした。
「オ、レは榛名さんじゃ、ない」
「…」
「オレは榛名さんじゃないよ、阿部君」
阿部は黙って三橋を見つめていた。
- なぜ、気が付かなかったのだろう。
時折左手のグローブでなく素手の右手に飛んでくる返球の意味に。
そんな時、違和感に18.44メートル先を見遣ると彼はいつも複雑な表情で
こちらを見つめていた。
あれはオレに謝っていたのか - それとも。
阿部の過去と榛名を繋ぐ写真を見てようやく思い出した。
ベスト8を賭けた県大の試合、傲慢とも思える表情で
阿部に見せ付けるために投げられた速球は、
その左手から放たれていた。
自分には見えていなかっただけで、
自分の傍にいながらも彼の背には常に榛名の姿があった。
今に至るまでそれに気付かず
球速も自覚も何一つ榛名に及ばないくせに彼に甘えて、
また過ちを犯してエースの座にしがみ付いて煩わせて
花井の気まで逆撫でして。
彼が、いや、二人が云った通り阿部はそうでなかった榛名の代わりに
リード通りに投げる自分を選んだだけなのに。
それ以上の理由を求めるのはオレの思い上がりなの、阿部君?
「お前、オレと榛名の話がしたかったのか」
じっと俯いたままの三橋を見つめていた阿部が
不思議そうに言葉を投げかけてくる。
彼を呼んだその力強い声を、まだはっきり覚えている。
どうして、気が付かなかったのだろう。
あの瞳の、眼差しの、微かに伏せられたもの云いたげな表情の意味に。
同じように伏せた視線の先で
薄汚れたスニーカーが単調なリズムでアスファルトを噛み締めている。
からからと空回るスポークの音がひたりと止まった。
顔を上げると数メートル先で阿部が立ち止まって自分を振り返っていた。
慌てて自転車をぐいと引くと同時に阿部が再び前を向いて歩き出す。
から、と再びスポークが鳴く。
前を歩き続ける無言の背中に、残された時間の少なさを悟った。
*
「荷物、そこらへんに適当に置け。
飲みもん持ってくるから」
放り出すのではなく、だがどこか無造作にどさりとエナメルを床に置いて
阿部はすぐ下に降りていった。
始めて訪れる、阿部の部屋。
三橋は荷物を脇に降ろして
ぺたりとフローリングの上に正座で座り込んでいた。
広いだけの自分の部屋とは違い、整然と物が収納されて
収まるべきところに収まっているという印象だ。
几帳面な彼の性格を現すような部屋の隅の白いカラーボックス。
雑誌や本が納められているらしいその一番下は
アルバムらしき黒い背表紙が並んでいた。
手を伸ばして取り出してみると、ずしりとした重量が手前に傾いてきて
思わず手を引っ込めるとばたりと音を立てて床に倒れた。
あ。
どき、と心音が跳ね上がる。
恐らくどこかの合宿所なのだろう、
古びた畳の上で中学生と思しき見知らぬ男と
今よりも少し髪の短い姿の阿部が
下らなそうに笑いながら半分ムキになって取っ組みあっている。
お腹を抱えて笑い倒して囃し立てているチームメイト。
オレの知らない、阿部君。
勝手に見てはいけないと思いつつも手が勝手にページをめくっていた。
ぺらり、ぺらり。
目の前で4つづつの光景が展開されるページをめくっていると
最後のページに一枚の写真が取り残されたように
見開き2ページの中に収納されることなく挟まれていた。
畳に胡坐で座り込んでいる阿部。
膝に雑誌を抱え、こちらに向かって思い切り間の抜けた顔を上げている。
おそらく雑誌に夢中になっている最中に呼びかけられて
顔を上げた瞬間を撮られたのだろう。
何事か咄嗟には理解出来ずに呆けているその表情に、
何の脈絡もなくあの人を思い出した。
これ…、あの人が撮った、んだ。
確証はないが本能で悟る。
あの誰よりも誇り高い投手の、
心底おかしがって甲高く笑う声までが聞こえる気がした。
「あ、何。
それ見てたの」
がちゃ、とドアが開いて
ペットボトルとグラスを載せたトレーを抱えた阿部が入ってくる。
「わ、ご、ごめ」
ばたん。
反射的にアルバムを閉じると、再びどさりという重量のある音がした。
「いいよ、別に。
そんなとこにあったんだなそれ、もうどっか行ったと思ってたのに」
トレーを脇に置き、どこか懐かしそうな顔をして
阿部は三橋の向かいに座った。
す、と阿部の指先が先ほどのページを開く。
ぺらりと一枚だけの写真を取り出し、阿部は暫くそれを見つめて
穏やかな、だがどこか抑えたような声で呟いた。
「これ、あいつが撮ったんだ。
シニアの合宿ん時だった」
「…」
阿部は自分から彼の話題を振った。
「榛名、さん」
確かめるようにその名を口にする。
色々と思うところがあるだろうに自分からその話を許してくれた阿部の
真摯な情誼に応えたかった。
「…」
黙り込む阿部。
三橋もまた跳ね上がる心音の苦しさに俯いて何も云えずにいた。
「さっきの」
びく、と弾かれたように顔を上げる。
「聞いた、よな」
見つめてくる阿部。
「…、」
逡巡した後、ぎこちなく頭を縦に振った。
「ひでぇ奴って思っただろ。
失望したか」
何の感情も読み取れない表情と、声。
三橋は心の奥が鈍く痛むのを感じながら首を横に振った。